高松高等裁判所 昭和24年(控)852号 判決 1949年11月15日
被告人
橋本子成
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三月及罰金一万円に処する。
但し本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶豫する
右罰金を完納することが出來ないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
檢察官保管に係る麹三十四個及燒酎二斗七升は之を沒收する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人梅田鶴吉の控訴趣意第二点の要旨は、
(イ) 原審第一回公判期日に於て檢察官は立証せんとする事実の説明をするに際り、
第二証拠に関する事実
(1) 第一の公訴事実に付いて被告人が製造したものであると言ふ事は税務署員の取調の結果に於ても認められ、尚昨年七月と同八月上旬頃二回に亘り三升宛の燒酎を造つた事実がある。
(2) 第二の公訴事実に付いて被告人が営利の目的で所持してゐた事は税務署員の取調の結果に於ても認められ昨年十一月頃燒酎二升を買入れて水を混せて四升として売つて利益を得てゐる事実があるに依り云々
と説明して居るが、これは本件訴因と関係のない事実であるのみでなく、全く事実に反する主張である。從つて該事実は本件訴因事実の証拠とする事が出來ず、又証拠として其の取調を請求する意思のない資料に基いて裁判所に事件に付いて偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項を述べたものと謂ふべく、刑事訴訟法第二百九十六条但書の規定に違反する行爲である。然るに原裁判所が之を看過許容したのは訴訟手続上の法令違反があり、その違法は判決に影響を及ぼすこと明であると謂ふのであるが、檢察官が第一事実に付いて陳述したところは、公訴事実第一の麹は酒類製造の目的を以て製造したものである事の情況証拠として、又第二事実に付いて陳述したところは公訴事実第二の燒酎は営利の目的を以て不当に高価な額で販売する目的で所持して居たものである事の情況証拠として本件訴因と関係あるのみでなく、檢察官は該事実を立証する爲搜査に当つた税務署收税官吏五島重行を証人として其の取調を請求したことは、原審第一回公判調書に徴した明であるから、檢察官の右冒頭陳述は所論の如く、証拠とすることが出來ず又は証拠としてその取調を請求する意思のない資料に基く陳述とは認められず、論旨は理由がない。
同控訴趣意第三点の要旨は、
(1)原審第一回公判期日に於て檢察官は証拠書類として、差押目録並犯則嫌疑事件搜査顛末書及被告人の保管書、酒成分の檢定書、被告人の檢察庁に於ける供述調書並告發書の取調を求めたのに対し、裁判官は全部之を留保する旨の決定を宣しながら、之に付遂に許可又は却下の最終決定をせず留保の儘訴訟手続を終結したが右は判決に影響を及ぼす違法の手続である。又(2)原審第一回公判期日に於て檢察官は本件差押証拠物全部の取調を請求し、裁判官は之を採用し次回に之を取調べる旨決定したが、其後第三回公判期日に於て右決定に基き差押にかゝる燒酎二斗七升と麹三十四個の取調をしたのみで、檢察官は蒸溜器は次回に提出する旨を述べながら遂に之を提出せず、該蒸溜器及すしはんぼ、四斗桶、鍋等の押放物に付いては其後全然証拠調をしないで訴訟手続を終結したのは違法であると謂ふのであつて記録を調査すると
(ロ) (1)所論各書類被告人の供述調書を第三回公判期日に取調べたことは同期日の調書に徴して明であるが、其の他の証拠書類に付いては之が取調をしないで結審して居るが、斯の場合は原裁判所に於て之が取調の請求を却下する旨の決定をしたものと認めるものが相当であり、
(ハ) (2)所論の証拠物(蒸溜器)に付いては檢察官に対し之が提出を強制する途がないから檢察官に於て之を提出しない以上該証拠決定は施行不能に終つたものと認むる外はない。尚右証拠調手続の違法に付いては当事者より異議の申立が出來るのに拘らず、弁護人及被告人から異議の申立があつた形跡もないし、原判決は所論証拠書類及証拠物を引用してゐないのであるから右の違法は判決に影響を及ぼさないものと謂ふべく、所論は結局理由がない。
(ニ) 控訴趣意第五点の要旨は(中略)原判決は起訴状訴因第二の事実に付高価販売の目的で所持して居たと判示し物価統制令違反罪として有罪の判決を言渡したが一升二百八十円で買ひ燒酎の公定價格よりも安い一升三百十円で売らうと思つて居たのであるから、原判決には事実誤認又は擬律錯誤の違法かあると謂ふのであるが、(中略)又昭和二十四年一月二十五日当時に於ける燒酎の小売業者の販売価格の統制額は、中味賣一升に付金三百十円であるが(昭和二十三年九月一日物価庁告示第八〇二号參照)、昭和二十三年九月物価庁告示第八〇五号に定められた表示を行はない燒酎の統制額は前記統制額の二割下げ即ち一升に付二百四十八円であるばかりでなく、右は正規の酒税を含むものであるが本件の如き密造燒酎は酒税を納付していないのが普通であるから本件燒酎の相当価格は一升に付二百四十八円より更に酒税の額を差引いた額と解すべく、被告人は之を一升に付三百十円の価格で販売する目的で所持したのであるから物価統制令第十三の二第三十五条に該当すること勿論であつて、原判決には所論の如き事実誤認、擬律錯誤又は審理不盡の違法ありとは認められず、論旨は理由がない。